Column

健康経営

日常生活のストレスとお口の健康の意外な関係

ストレスがあると、気付かないうちに歯を強く噛みしめてしまうことはありませんか?
ストレスとお口の健康は密接に関わっており、ストレススコアが上昇すると、口腔健康に問題を抱える人が増えるといわれています。
今回は、そんなストレスとお口の健康の関連性について、専門家に解説いただきました。

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 歯科公衆衛生学分野 教授 相田 潤

2003年北海道大学歯学部卒業、2004年国立保健医療科学院専門課程修了、2007年北海道大学大学院歯学研究科博士課程修了(歯学博士)。
University College London客員研究員、東北大学大学院歯学研究科准教授等を経て、2020年より東京医科歯科大学健康推進歯学分野教授。2024年10月大学統合により現職。健康格差の社会疫学や口腔と全身の疫学、震災と健康の疫学などの研究を行っている。

01 ストレス反応と健康問題との関係性

生物の進化の過程においてストレス反応とは、シマウマがライオンに出遭ったときに生じるような、アドレナリンを分泌し、短時間に心拍数を上げて血管を拡張させ、体中の筋肉に酸素を送り込み全力で逃走をするといった、短時間の急激に生じる反応とすることが多かった。しかし、現代社会を生きる私たちにとってストレス反応は、朝から夕方まで仕事をしている間に生じるような、長時間にわたる慢性的なものが多い。
ストレス反応により血圧が上がるため、長時間かつ長期間にわたることで循環器疾患のリスクが高くなる。長時間ストレスを感じたり、ストレスで眠れなくなったりすることで、体力が低下して感染症にかかりやすくなることもあるだろう。ストレスで理性的な判断が難しくなり、甘い食品や油っぽい食品を食べ過ぎたり、喫煙や飲酒が増えたりするなど、生活習慣への悪影響も生じる可能性がある。こうしたことの積み重ねは、さまざまな健康問題を生じさせるであろう。

02 ストレススコアが上昇すると口腔の問題を抱える人が増える

所得が低いほど健康状態が悪いといった「健康格差」は、現在では日本の健康政策でも大きな課題として注目されている。健康格差が生じるメカニズムの一つとしても、ストレスが存在する。他人と比べて不公平だと感じたりする「社会的比較」によるストレスは大きいことが知られているが、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で身近に感じる他人のキラキラした生活を目にする機会が増えたことも、ストレスの増加に寄与しているかもしれない。
ストレスは、お口の健康にも影響を及ぼすと考えられている。図1は国民生活基礎調査(2013年)の274,881人の労働者のデータの解析から、ストレススコアと口腔の問題を有する人の割合の関係を示したものである1)

図1 ストレススコアごとの「歯が痛い」「歯ぐきのはれ・出血」「噛みにくい」のどれか一つでもある人の割合(年齢などを考慮して計算した値)

ストレススコアは、日常生活のストレスを生じさせるライフイベントの数の合計であり、図1に示した家族や家族以外との人間関係のストレス、恋愛やいじめ、お金や時間、育児や家事、介護などの選択肢で回答されたものである。
口腔の問題は、「歯が痛い」「歯ぐきのはれ・出血」「噛みにくい」のどれか一つでもあると回答した人の割合であり、図では傾向スコアを用いて年齢などの要因を考慮した値となっている。ストレスを生じさせる原因がない人では、口腔の問題がある人の割合は2.2%であったが、この割合はストレススコアが高くなるほど増加し、7以上の人では14.4%と非常に高い割合となった。このように非常に強い関係性が認められた研究は、筆者の研究歴のなかで初めてであり(オッズ比は最大9.2)、ストレスと口腔の健康の強い関係に大きな衝撃を受けた。

  1. Aoki J,Zaitsu T,Oshiro A,Aida J.Association of Stressful Life Events With Oral Health Among Japanese Workers. J Epidemiol. 34(1)2024, 16-22.

03 コロナ禍のストレスも口腔の健康に影響

ストレスは社会環境によっても変わってくる。新型コロナウイルス感染症の流行時期には若者や女性の自殺が大きく増加し、厚生労働白書でも大きく取り上げられている2)。これまでも、バブル経済崩壊後の自殺の急増など、失業と自殺には極めて強い関係があることが知られていた。コロナ禍には外出の自粛要請により、飲食店やホテルなどの観光業での仕事が激減し失業が増えたが、これが自殺の増加の大きな原因の一つだと考えられている。
こうしたコロナ禍のストレスは、お口の健康にも影響を及ぼしていたと考えられている。図2は大規模インターネット調査であるJACSIS研究(The Japan COVID-19 and Society Internet Survey)の回答者25,482名のデータを分析した結果である3)

図2 新型コロナウイルス感染症の影響による社会経済状況の悪化と歯の痛みの関連

新型コロナウイルス感染症の影響による「世帯収入の減少」、「仕事の減少」、「失業」と「直近1カ月の歯の痛み」について質問を行い、その関連性を背景因子に考慮した多変量ロジスティック回帰分析を行っている。歯の痛みは9.8%の回答者にみられ、世帯収入の減少、仕事の減少、失業は統計学的に有意に関連をしており、オッズ比でそれぞれ1.42 、1.58、2.17となっていた。さらに世帯収入の減少と歯の痛みの関連は、精神的ストレス(21.3%)が最も大きな理由であり、歯科受診の延期(12.4%)、歯磨きの減少(1.5%)、間食の増加(9.3%)も一定の寄与をしていた。コロナ禍においても、やはりストレスが口腔の健康に影響を及ぼしていたのであろう。

  1. 厚生労働省.令和3年版厚生労働白書-新型コロナウイルス感染症と社会保障-.2021.
    https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/kousei/20/index.html〔2025.7.7参照〕※外部のウェブサイトへ移動します
  2. Matsuyama Y,Aida J,Takeuchi K,Koyama S,Tabuchi T.Dental Pain and Worsened Socioeconomic Conditions Due to the COVID-19 Pandemic. Journal of Dental Research. 100(6),2021,591-8.

04 ストレスによる噛みしめを軽減、ストレスの元を減らす

ストレスがあると、知らないうちに歯を強く噛みしめてしまうことがある。これもストレスがお口の健康に悪影響を及ぼすメカニズムの一つだと考えられている。筆者自身噛みしめがひどく、これを減らすのはなかなか難しいと感じもするが、次のような方法が知られている。
例えば、仕事中であれば、パソコンのモニターの片隅にシールを貼っておいて、「シールをみたら噛みしめをやめる」という行動を習慣的にとるようにするといった方法である。
また歯科医院で噛みしめの負担を減らすためのマウスピースを作成してもらうのもいいだろう。勤勉な日本人は、仕事や家事に長時間を費やしてしまいがちであり、ストレスを減らすことは難しい場合が多いが、ストレスの元を減らすことを意識したり、ゆっくり休んだり、よく眠る時間を意識的に確保したりすることが必要であろう。これは、お口の問題を含めた自分自身の健康や、イライラして人間関係を悪くするといった周囲の人への影響を考えても大切なことである。

文責:メディカ出版

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